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「実は、わたしが体調不良で……」という言葉
お迎えの時間、保護者の方と話していると、ふとこんな言葉が出てくることがあります。「実は最近、わたし自身がずっと体調が悪くて」「夫が入院することになってしまって、バタバタしています」「わたし、先週から熱が続いていて、でも仕事と子育てで病院にも行けなくて」――子どもの様子を報告しようとした会話の中に、保護者自身の状態がにじみ出てくる瞬間があります。
そういうとき、わたしは少し立ち止まります。子どもの報告を終えた後、「お母さん、大丈夫ですか?」と声をかける。その一言が、保護者の表情をほんの少しほぐすことがあります。「誰かに聞いてもらえた」という、ただそれだけのことが、疲れ切った保護者にとって小さな救いになることがあるのだと、経験の中で気づいてきました。
保育園は、子どもを預かる場所です。でも、子どもを取り巻く環境――家庭の状況、保護者の健康、家族の変化――は、子どもの状態に直結しています。保護者が体調を崩していれば、子どもの生活リズムが乱れることがある。家庭にストレスがあれば、子どもの情緒が不安定になることがある。だから、保護者の状態を全く無関係なものとして切り離すことは、子どもの健康を考える上でできないことだとわたしは思っています。
もちろん、園ナースは保護者の医療的なケアをする立場ではありません。でも、「気にかけている」という姿勢を示すことはできます。そして、必要な情報や地域の資源につなぐことも、できる範囲でできます。子どもを真ん中に置きながら、その子を取り巻く家族全体を視野に入れること。それが、保育の場にいる看護師の、少し広い意味での役割だとわたしは思っています。
子どもの体調と、家庭の状況はつながっている
「最近、体調を崩しやすくなっている子がいる」と担任の保育士さんから相談を受けたとき、わたしは必ずその子の家庭の状況も確認するようにしています。体調不良が続く背景には、生活リズムの乱れ、睡眠不足、食事の変化、家庭内のストレスなど、医療的な原因以外の要因が絡んでいることがあるからです。
「最近、お母さんがずっと体調が悪くて、夜の寝かしつけがうまくいっていないみたいです」「お父さんが転勤になって、家庭がバタバタしているようで」「下の子が生まれたばかりで、上の子が甘えたくなっているみたい」――こうした情報が、子どもの体調変化の背景として浮かび上がってくることがあります。
そういった状況を把握したとき、園としてできることを考えます。少し甘えられる時間を意識的に作る、生活リズムを整えるための声かけをする、保護者に「無理しなくていいですよ」と伝える。医療的な処置ではないかもしれませんが、その子と家族を取り巻く状況を少しでも和らげることが、子どもの健康を守ることにつながります。
「助けを求めていい」と、伝えたい
子育て中の保護者、特に乳幼児を育てている時期は、慢性的な睡眠不足、体力的な消耗、精神的な孤立感を抱えやすい時期です。「子どものために頑張らなければ」という気持ちが強いほど、自分自身の不調を後回しにしてしまう。「病院に行く時間がない」「自分のことより子どものことが優先」という状況が続くと、保護者の健康は知らず知らずのうちに蝕まれていきます。
そういう保護者に、園ナースとして伝えたいことがあります。「助けを求めていいんですよ」ということです。地域の子育て支援センター、かかりつけ医、保健センターの保健師、ファミリーサポートセンター……。利用できる社会資源は、思っているよりも多くあります。でも、疲れ果てているときほど、そういった情報を探す余裕がなくなります。
だからこそ、保育園という日常的に関わる場所で、「こういうサービスがありますよ」「相談できる場所がありますよ」と情報提供できることは、小さいけれど大切なことだと思っています。「園ナースに言ったら、こんなことを教えてもらえた」という経験が、保護者にとって「ここは相談できる場所だ」という信頼につながっていきます。

ひとり親家庭、共働き家庭――多様な家族のかたちと、保育園
保育園に通う子どもたちの家庭の形は、本当に多様です。両親が共働きの家庭、ひとり親で子育てをしている家庭、祖父母と同居している家庭、外国にルーツを持つ家庭、保護者が障害や慢性疾患を抱えている家庭……。「標準的な家族のかたち」というものは、保育の現場にはありません。それぞれの家庭が、それぞれの事情と工夫の中で、子どもを育てています。
園ナースとして、こうした多様な家庭の背景を理解しておくことは、保護者との関わりにおいてとても重要です。「なぜ受診が遅れがちなのか」「なぜ連絡がつきにくいことがあるのか」「なぜ体調管理が難しそうなのか」――その背景を知らずに表面だけを見ると、誤解が生まれることがあります。でも、その家庭の事情を少し知るだけで、「そういう状況なら、こんなサポートが必要かもしれない」という視点が生まれます。
保護者への関わりにおいて、わたしが大切にしていることがあります。それは、「この家庭はこういうもの」という決めつけをしないことです。ひとり親だから大変に違いない、共働きだから余裕がないに違いない、という先入観は、保護者を傷つけることがあります。まず、その保護者の言葉と様子から、その方自身の状況を理解しようとすること。そこから、必要なサポートが見えてきます。
ひとり親家庭の保護者が、抱えやすいこと
ひとり親で子育てをしている保護者は、多くの場合、物理的にも精神的にも、非常に多くの役割を一人で担っています。仕事、家事、子育て、学校や保育園との連絡……。子どもが体調を崩したとき、「仕事を休む」という選択が、経済的な不安と直結していることがあります。「熱があるからお迎えをお願いします」という連絡が、保護者にとってどれほど重い負担になるか。その重さを理解したうえで、関わることが大切です。
「今日は早めにお迎えをお願いできますか」と連絡するとき、「どうしても今日は難しいんです」という返答をいただくことがあります。そういうとき、責めるのではなく、「何時頃なら来られますか」「それまでの間、こちらで様子を見ます」という対応ができることが、保護者の安心につながります。規則とその子の状態のバランスを見ながら、できる範囲で柔軟に対応することが、ひとり親家庭の保護者との信頼を育てます。
また、緊急連絡先の確認も、ひとり親家庭では特に丁寧に行うようにしています。保護者本人に連絡がつかないとき、誰に連絡するか。祖父母、きょうだい、職場の同僚、信頼できる友人……。緊急時に動ける人が誰かいるかどうかを、事前に把握しておくことが、いざというときの対応をスムーズにします。
共働き家庭の「時間のなさ」と向き合う
共働き家庭の保護者は、時間的な余裕のなさを慢性的に抱えていることが多いと感じます。朝は時間との戦いで子どもを登園させ、仕事を終えてお迎えに来て、夕食、お風呂、寝かしつけ……。そのサイクルの中で、「もう少しゆっくり子どもと関わりたい」という気持ちと、「でも時間がない」という現実の間で、罪悪感を感じている保護者も少なくありません。
「最近、ゆっくり子どもと話す時間が取れていなくて」という言葉を、お迎えの時間に保護者からよく聞きます。そういうとき、わたしは「今日はこんなことをして、こんな顔をしていましたよ」と、その日の子どもの様子を少し詳しく伝えるようにしています。保護者が見られなかった時間の子どもの様子を共有することで、「ここにいる間も、ちゃんと過ごせていたんだ」という安心感を持っていただける。その安心が、罪悪感を少し和らげることがあります。
また、「健康管理に関する情報」を、できるだけシンプルに、タイミングよく伝えることも心がけています。忙しい保護者に、長い説明を立ち話でするのは現実的ではありません。伝えたいことを一つに絞って、端的に、でも温かく伝える。その工夫が、共働き家庭の保護者とのコミュニケーションでは特に大切だと感じています。
外国にルーツを持つ家庭との関わり
近年、保育園に外国にルーツを持つ子どもたちが増えています。保護者の日本語能力に差があることも多く、健康に関する説明や連絡が十分に伝わっているかどうか、注意が必要な場面があります。「わかりました」と言ってくださっても、実際には十分に伝わっていないことがある。その可能性を常に念頭に置いて、関わることが大切です。
大切な情報は、できるだけ視覚的にわかりやすい形で伝えることを心がけています。絵や図を使う、やさしい日本語で書く、翻訳アプリを活用する……。完璧な意思疎通は難しくても、「伝えようとする努力」は必ず伝わります。その姿勢が、外国にルーツを持つ保護者との信頼の土台になります。
また、文化や習慣の違いが、健康管理の考え方に影響することもあります。発熱への対処法、薬の使い方、受診のタイミングの判断……。「この国ではこうするのが普通」という感覚は、保護者によって異なります。その違いを「間違い」として否定するのではなく、「園では、こういう基準で対応しています」と丁寧に説明することが、誤解を防ぎ、信頼を築くことにつながります。
保護者の「余裕」が、子どもの「安心」になる
長年保育の現場にいて、一つのことを強く感じるようになりました。保護者に余裕があるとき、子どもは安定している、ということです。これは因果関係を単純に決めつけているわけではありません。でも、保護者が心身ともに健やかで、子どもとの時間を笑顔で過ごせているとき、子どもの表情も穏やかで、体調も安定していることが多い。その相関を、現場で何度も目にしてきました。
逆に、保護者が極度に疲弊しているとき、子どもが敏感に反応することがあります。「なんかお母さん、最近元気ないよね」と感じる子どもの感受性は、大人が思うよりずっと鋭い。保護者の不安やストレスが、子どもの情緒的な不安定さや、体調の崩れやすさとして現れることがあります。
だから、保護者の健康と余裕を支えることは、子どもの健康を支えることでもある。その視点を持ちながら、保護者との関わりを大切にしています。「子どものため」と「保護者のため」は、実は切り離せないものなのだと思っています。
園ナースが、保護者に伝えたいこと
保護者の方に、いつも心の中で伝えたいことがあります。「あなたが元気でいることが、子どもにとって一番の贈り物です」ということです。完璧な親である必要はない。毎日手作りの食事を出せなくても、絵本を毎晩読めなくても、習い事をたくさんさせなくても、大丈夫です。
子どもが必要としているのは、「完璧な親」ではなく、「自分のことが好きで、自分のそばにいてくれる人」です。保護者が自分自身を大切にして、笑顔でいられること。それが、子どもにとって何より安心できる環境になります。
子育ては、長い長いマラソンです。最初から全力疾走していたら、途中でばててしまいます。自分のペースを保ちながら、ときには誰かに頼りながら、休みながら走り続けることが、長い目で見たときの子育ての持続につながります。「頑張りすぎないこと」も、子どものためになる。そのことを、機会あるごとに保護者の方に伝えたいと思っています。
地域の中の、保育園として
保育園は、地域の中にある場所です。子どもたちが毎日通い、保護者が毎日顔を見せ、地域の人々と関わりながら存在している。その意味で、保育園は単なる「子どもを預かる施設」ではなく、地域の子育て文化を支える拠点でもあると、わたしは思っています。
園ナースとして、地域の子育て支援の情報を把握しておくことも、大切な仕事のひとつです。地域の子育て支援センター、保健センターの相談窓口、ファミリーサポートセンター、一時保育のサービス、フードバンク、障害のある子どもへの専門的な支援機関……。こうした資源を把握しておき、必要な保護者に適切にご案内できることが、地域の中の保育園としての役割を果たすことにつながります。
「そんなサービスがあるんですね、知らなかった」と言ってくださる保護者に出会うたびに、情報をつなぐことの大切さを感じます。制度や支援があっても、それを知らなければ使えない。必要な人に必要な情報が届くことが、地域全体で子育てを支える社会の実現につながります。保育園という日常の場に関わる園ナースが、その橋渡しの一端を担えることを、わたしは誇りに思っています。
保育と看護のあいだで、家族を見つめる
子どもの健康を守ることが、園ナースの仕事の中心です。でも、子どもは一人で存在しているのではありません。家族という環境の中で育ち、保護者という人のそばで生きています。その全体を視野に入れながら、子どもの健康を考えること。それが、保育と看護のあいだに立つ者の、少し広い視点での関わりです。
保護者が「ここに相談してよかった」と思えること、「この保育園に預けていると安心だ」と感じること、「先生たちが子どものことだけでなく、家族のことも気にかけてくれている」と実感すること。こうした積み重ねが、保育園と家庭の間に、本物の信頼関係を育てていきます。
今日も、お迎えの時間がやってきます。忙しそうに駆け込んでくる保護者、疲れた顔で来る保護者、笑顔で来る保護者、それぞれの様子を見ながら、「今日はどんな言葉をかけようか」と考えます。その小さな積み重ねが、保育と看護のあいだで、家族を支えることにつながっていると信じながら、今日も保健室の灯りをともしています。

