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目は、世界への窓だ
子どもたちが初めて保育園に来た日のことを、わたしはよく覚えています。不安そうに、でも好奇心旺盛な目で、新しい環境をきょろきょろと見回す。その目の輝きが、子どもたちの生命力そのものに見えて、毎年入園の季節には胸が温かくなります。目は、子どもが世界と出会うための窓です。その窓が曇っていたり、ゆがんでいたりすれば、子どもが受け取る世界の情報は、本来とは違うものになってしまいます。
視力の問題は、子ども自身が気づきにくいという特徴があります。大人であれば、「最近見えにくくなった」と自分で気づいて眼科を受診することができます。でも、子どもは生まれたときからその見え方しか知らないため、「見えにくい」という感覚自体を持ちにくいのです。「みんなもこう見えているはずだ」と思って過ごしている子どもが、実は強い遠視や乱視、あるいは弱視を抱えていた、ということが保育の現場でも起きています。
だからこそ、周りの大人が「気になるサイン」に気づくことが、子どもの目を守る上でとても重要です。テレビや絵本に極端に近づく、目を細めてものを見る、片方の目を使わない様子がある、よく転ぶ、目が内側や外側にずれている……。こうしたサインが、視力の問題や眼疾患の最初の気づきになることがあります。保育の現場で毎日子どもたちと接している保育士さんと園ナースが、こうしたサインを見逃さないことが、早期発見・早期治療につながります。
特に、弱視の治療には「時間的な制限」があります。視力は、生後から小学校低学年くらいまでの時期に、急速に発達します。この「視力の発達期」に適切な刺激が与えられないと、視力が十分に発達しないまま成長してしまうことがあります。弱視の治療は、この発達期を逃さずに行うことが重要で、治療の開始が遅れるほど、回復できる視力に限界が生まれます。「早く気づくこと」が、目の健康において特に大きな意味を持つ理由がここにあります。

視力の発達と、弱視のこと
生まれたての赤ちゃんの視力は、0.01〜0.02程度と言われています。その後、視覚的な刺激を受けながら視力は急速に発達し、3歳頃には0.6〜0.8程度、6歳頃には1.0程度に達するとされています。この発達の過程で、何らかの原因によって視力の発達が妨げられた状態が「弱視」です。
弱視の原因としては、屈折異常(強い遠視・乱視・近視)、斜視、先天性白内障などがあります。特に多いのは、屈折異常による弱視です。強い遠視や乱視があると、網膜に鮮明な像が映らないため、視力の発達が促されません。その状態が続くことで、眼鏡をかけても視力が上がりにくい弱視になってしまうことがあります。
弱視の治療の基本は、まず適切な眼鏡による矯正です。眼鏡をかけることで網膜に鮮明な像が映るようになり、視力の発達が促されます。また、斜視による弱視の場合は、よく見えている方の目をアイパッチで隠し、弱視の目を積極的に使わせる「遮閉治療」を行うこともあります。これらの治療は、視力の発達期である6〜8歳頃までに行うことで、より高い効果が期待できます。だからこそ、保育園という乳幼児期の場での早期発見が、弱視治療において非常に重要なのです。
3歳児健診の視力検査と、その限界
日本では、3歳児健診において視力検査が行われています。この検査で視力の問題が発見されれば、早期に眼科への受診につなげることができます。でも、3歳児健診の視力検査には限界もあります。検査に使われる絵視力表は、子どもが検査の意味を理解して協力できることが前提です。3歳の子どもが、検査の意味を理解して正確に答えることが難しい場合があり、見え方に問題があっても「見えている」と答えてしまうことがあります。また、家庭で行う健診前検査を、保護者が正確に実施できないこともあります。
つまり、3歳児健診の視力検査で「異常なし」だったからといって、視力に問題がないとは言い切れません。検査の結果だけに頼らず、日常の観察でサインに気づくことが、依然として重要です。「健診で大丈夫だったから」という安心感が、その後の日常観察を疎かにしてしまうことは避けたいところです。健診はあくまでもスクリーニングの一つであり、日常の観察と合わせることで、より確実な早期発見につながります。
保育園での視力検査も、多くの園で行われています。5歳児クラスや年長クラスでの視力検査の結果を、保護者に丁寧に伝えることが大切です。「要精密検査」の結果が出たとき、「少し様子を見て」と受診を先送りにする保護者に、「視力の発達には時間的な制限があります。早めの受診をお勧めします」と伝えることが、園ナースとしての大切な役割です。
保育の現場で気づく、目のサイン
保育の現場で毎日子どもたちを観察していると、目に関するサインに気づく機会が多くあります。医療機関での検査とは違い、日常の自然な状況の中での観察だからこそ、気づけることがあります。「いつもとなんか違う」「この子、ちょっと気になる」という感覚を大切にすることが、目の問題の早期発見につながります。
目に関するサインは、大きく二つに分けて考えることができます。一つは「見え方」に関するサイン、もう一つは「目の状態」に関するサインです。見え方に関するサインとしては、ものに近づきすぎる、テレビや絵本の前に座ってすぐ近づく、目を細めてものを見る、頭を傾けてものを見る、片目をつぶってものを見ようとする、よく転ぶ・物にぶつかるなどがあります。目の状態に関するサインとしては、目が赤い、目やにが多い、目をよくこする、光をまぶしがる、目が左右にずれている、目が揺れているように見えるなどがあります。
こうしたサインに気づいたとき、まず担任の保育士さんと情報を共有します。「わたしもそれ気になっていました」という返答が来ることもあれば、「言われてみれば、確かに」と気づきが共有されることもあります。複数の目で確認することで、観察の精度が上がります。そして、保護者に「こういうサインが見られるので、眼科での確認をお勧めします」と伝えることが、次のステップです。
斜視――目のずれに、早めに気づく
斜視は、両目の視線が同じ方向を向かない状態です。片方の目が内側にずれる「内斜視」、外側にずれる「外斜視」、上下にずれる「上下斜視」などがあります。斜視は、子どもの100人に2〜3人に見られるとされており、決して珍しいものではありません。でも、早期に発見して適切な対応をしないと、弱視や両眼視機能(両目で立体的に見る力)の発達に影響することがあります。
斜視のサインとして、保育の現場で気づきやすいものがあります。片方の目が外側や内側にずれているように見える、眩しいときや疲れたときに片方の目がずれる、写真を撮ったときに目の向きが左右で違う……。こうした気づきを保護者に伝えることが、早期受診のきっかけになります。「赤ちゃんの頃は目がずれているように見えることがある」という話を聞いたことがある保護者もいますが、生後6ヶ月を過ぎても目のずれが続く場合は、眼科での確認が必要です。
斜視の治療には、眼鏡による屈折矯正、プリズム眼鏡の使用、弱視を伴う場合の遮閉治療、手術などがあります。治療の方法は原因と程度によって異なりますが、いずれも早期に開始することで、より良い結果が期待できます。「目がずれているように見えるけど、そのうち治るかな」という様子見が、治療の開始を遅らせることがあります。気になるサインがあれば、早めに眼科への受診を勧めることが大切です。
結膜炎――感染力の強さに注意
保育園でよく見られる目のトラブルのひとつが、結膜炎です。目の充血、目やにの増加、目のかゆみや痛みを伴う結膜炎は、ウイルス性・細菌性・アレルギー性などの種類があります。特にウイルス性結膜炎は感染力が強く、保育園での集団感染につながることがあります。
流行性角結膜炎(はやり目)は、アデノウイルスによる結膜炎で、感染力が非常に強いことで知られています。目が真っ赤になる、大量の目やにが出る、目の痛みや異物感がある、まぶたが腫れるといった症状が特徴です。感染した目を触った手を介して、タオルやドアノブ、おもちゃなどから感染が広がります。はやり目が疑われる場合は、速やかに保護者に連絡し、眼科への受診を勧めます。登園については、医師の指示に従うことを保護者に伝えることが大切です。
アレルギー性結膜炎は、花粉やダニなどのアレルゲンが原因で起きる結膜炎です。目のかゆみが主な症状で、充血や目やにを伴うこともあります。春の花粉シーズンに増えることが多く、アレルギー性鼻炎と合わせて症状が出ることがよくあります。アレルギー性結膜炎は感染性がないため、他の子どもへの感染リスクはありませんが、強いかゆみで目をこすり続けることで角膜を傷つけるリスクがあります。「目がかゆい」という訴えが続く場合は、アレルギー性結膜炎の可能性を念頭に置き、保護者にかかりつけ医や眼科への相談を勧めます。
デジタルスクリーンと、子どもの目
近年、子どもたちのデジタルスクリーンへの接触時間が増えています。スマートフォン、タブレット、テレビ……。乳幼児期からスクリーンに接する機会が多くなっている現代において、子どもの目への影響は、保護者が関心を持っているテーマのひとつです。
長時間のスクリーン視聴が、近視の進行と関連があるという研究が報告されています。近い距離でスクリーンを見続けることで、眼軸が伸びやすくなり、近視が進行しやすくなると考えられています。また、スクリーンを見ているときはまばたきの回数が減り、目が乾燥しやすくなります。目の疲れ、頭痛、視力低下……。こうした問題が、スクリーンの長時間使用と関連して起きることがあります。
一方で、屋外活動が近視の進行を抑制する効果があるという研究も報告されています。太陽光を浴びることで網膜からドーパミンが分泌され、眼軸の伸びが抑制されると考えられています。「外遊びが目にいい」という話は、単なる経験則ではなく、科学的な根拠のあることです。保育園での外遊びの時間を大切にすることが、子どもたちの目の健康にとっても意味のあることだとわたしは思っています。スクリーンタイムの管理と、屋外活動の充実。この二つのバランスが、現代の子どもたちの目の健康を守るための大切な視点です。
眼鏡をかける子どもと、保育園での関わり
保育園に眼鏡をかけた子どもが来ることがあります。弱視の治療、強い遠視や近視の矯正、斜視の治療……。子どもが眼鏡をかけ始めるのには、様々な理由があります。眼鏡をかけている子どもが保育園で安心して、かつ安全に過ごせるための配慮が、園ナースとして関わる大切なことのひとつです。
眼鏡をかけ始めた子どもにとって、保育園での生活には様々な心配があります。外遊びで眼鏡が外れたり、壊れたりしないか。友だちに眼鏡のことをからかわれないか。プールや体育活動のときはどうするか……。こうした心配を、保護者が抱えていることがあります。最初の面談で、「眼鏡についてどんなことが心配ですか」と聞くことが、保護者の不安を受け止めるきっかけになります。
保育士さんへの情報共有も大切です。その子がなぜ眼鏡をかけているのか、眼鏡をかけていないとどういった状態なのか、活動中に眼鏡が外れた場合にどう対応するか……。こうした情報をチームで共有することで、その子への関わりがより適切なものになります。特に、弱視の治療のために眼鏡をかけている場合は、「できるだけ眼鏡をかけ続けることが治療になる」ということを、保育士さんと共有しておくことが重要です。
友だちとの関係と、眼鏡
子どもたちの間での「眼鏡への反応」は、保育の現場でも気になるところです。「なんで眼鏡してるの?」という純粋な疑問から、「眼鏡をからかう」という行為まで、様々な反応があります。眼鏡をかけ始めた子どもが、友だちからの言葉に傷ついたり、眼鏡をかけることを恥ずかしいと感じたりすることがあります。
保育の現場では、眼鏡に限らず、体の違いや個性への子どもたちの理解を育てることが大切です。「〇〇ちゃんはね、目をもっとよく見えるようにするために眼鏡をかけているんだよ」という自然な説明が、子どもたちの理解と受け入れを促します。「眼鏡をかけている人をからかうことは、相手が悲しくなるからしてはいけない」という直接的な指導も必要な場面があります。でも、それ以上に、「違いがあることが当たり前」という感覚を日常の保育の中で育てることが、長い目で見た多様性の理解につながります。
眼鏡をかけている子どもが、「眼鏡をかけていてよかった、よく見えるようになった」と感じられること。友だちから「眼鏡、似合うね」と言われて嬉しくなること。そういった経験が、治療への前向きな気持ちを育てます。保育園という場が、その子にとって「眼鏡をかけていても大丈夫な場所」であることが、治療の継続を支える環境になります。
目の健康と、保護者への情報提供
子どもの目の健康について、保護者への情報提供も園ナースの大切な仕事です。視力検査の結果の伝え方、日常で気をつけてほしいサイン、スクリーンタイムの管理、定期的な眼科受診の勧め……。こうした情報を、おたよりや掲示、個別の声かけを通じて届けることが、子どもの目の健康を保育園と家庭が連携して守ることにつながります。
「眼科って、何か症状がなければ行かなくていいですよね」という保護者の声を聞くことがあります。でも、視力の問題は症状がないまま進行することがあります。「見えにくい」という自覚がない弱視や、気づかれにくい斜視など、定期的な眼科受診によって初めて発見されることがあります。「症状がなくても、定期的な眼科チェックが大切」ということを、保護者に伝える機会を作ることが大切です。
また、「うちの子は視力がいいから大丈夫」という思い込みも、注意が必要です。遠視は、視力検査で「見えている」と判断されても、実は強い遠視があることがあります。遠視では、調節力を使って見えるように補正しているため、視力検査では正常に見えることがあるからです。視力検査の結果だけでなく、眼科での屈折検査を合わせて行うことで、隠れた遠視や乱視を発見することができます。こうした情報を保護者と共有することが、見落とされがちな目の問題への気づきを促します。
目を大切にすることは、世界を大切にすること
子どもたちが目を輝かせて世界を見ている姿は、保育園で働くわたしにとって、毎日の力の源です。虫を見つけて「いた!」と叫ぶ目、友だちと笑い合う目、初めての絵本を夢中で見る目、転んで泣いた後に空を見上げる目……。その目が、世界をどれだけ豊かに受け取っているかを思うと、その目を守ることの意味が、改めて重くなります。
目の健康を守ることは、子どもが世界を豊かに体験し続けるための、大切な土台作りです。早期発見、早期治療、日常的な観察と保護者への情報提供、そして子どもたちが眼鏡をかけていても安心して過ごせる保育環境を作ること。これらすべてが、子どもの目を守るための、保育と看護のあいだでできることです。
今日も、子どもたちの目がきらきらと輝いていることを確かめながら、わたしは保健室から保育室を見渡します。その輝きを、これからも守り続けたい。その思いが、園ナースとして目の健康に関わることの、深いところにある動機です。

