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走る子どもを、見ていると
春になると、保育園の園庭に子どもたちが飛び出してきます。冬の間、室内で過ごすことが多かった分、外に出た瞬間の解放感が全身から溢れ出るようで、気づけばみんな走り出しています。目的があるわけでもなく、ただ走る。その姿を保健室の窓から見ながら、わたしはいつも「ああ、これが子どもだな」と思います。走ることそのものが喜びで、体を動かすことそのものが楽しい。その純粋さが、大人にはもう戻れないものとして、眩しく映ります。
体を動かすことは、子どもにとって遊びです。でも同時に、発達のための重要な活動でもあります。走る、跳ぶ、転がる、登る、投げる、受け取る……。こうした動きの一つひとつが、筋肉と骨の発達を促し、バランス感覚を育て、空間認識能力を高め、脳の発達を支えています。「ただ遊んでいるだけ」に見える外遊びが、実は子どもの体と脳の成長にとって、最も重要な活動のひとつなのです。
園ナースとして、子どもたちの運動発達を観察することは、健康管理の大切な一部です。月齢・年齢に応じた運動発達の目安を知っておくことで、「この子の動き、少し気になるな」という気づきが生まれます。その気づきが、発達上の課題の早期発見につながることがあります。また、運動発達と健康状態は深く結びついていて、体調が優れないときは動きが鈍くなり、元気になると動きが活発になる。その変化を観察することも、子どもの健康を把握するための大切な視点です。
この記事では、子どもの運動発達と健康のつながりについて、保育の現場から見えることをお伝えします。春の外遊びシーズンを迎えるこの時期に、「体を動かすことの意味」を改めて考えながら、保育と看護のあいだでできることを一緒に探っていければと思っています。

運動発達の「道筋」を知っておく
子どもの運動発達には、おおよその道筋があります。首が据わる、寝返りをする、お座りができる、ハイハイをする、つかまり立ちをする、一人歩きをする……。この道筋は、すべての子どもが同じ順番でたどるものではありませんが、おおよその目安として知っておくことが、発達の気になりに気づくための基準になります。
乳児期の運動発達の目安として、首の据わりは生後3〜4ヶ月頃、寝返りは5〜6ヶ月頃、お座りは7〜8ヶ月頃、ハイハイは8〜10ヶ月頃、つかまり立ちは9〜11ヶ月頃、一人歩きは12〜18ヶ月頃が一般的な目安です。ただし、これらはあくまでも目安であり、個人差が大きい分野でもあります。「歩くのが少し遅かったけど、今は元気に走り回っている」という子どもも、たくさんいます。
幼児期になると、走る、跳ぶ、投げるといった粗大運動の発達が進みます。2歳頃には走ることが上手になり、3歳頃には片足でしばらく立つことができるようになります。4歳頃には、スキップやケンケンができるようになる子どもが増えてきます。5歳頃には、ボールを投げる・受け取るといった協調運動もかなり上手になります。こうした発達の道筋を知っておくことで、「この年齢でこの動きができているか」という観察の視点が生まれます。
「動きの気になり」に、アンテナを立てる
運動発達の気になりは、様々な形で現れます。同じ年齢の子どもたちと比べて動きがぎこちない、よく転ぶ、階段の上り下りが苦手、ボールを受け取ることが難しい、体幹が弱そうでよろける……。こうした気になりが、発達的な課題のサインであることがあります。
「よく転ぶ」という気になりは、保育の現場でよく聞かれるものです。もちろん、子どもはよく転ぶものです。全力で走り回れば、転ぶことも多くなります。でも、「普通の歩行中でも頻繁に転ぶ」「段差でもないところでつまずく」「転んだときに手が出ない」といった場合は、バランス感覚や空間認識の発達、あるいは筋緊張の問題が背景にある可能性を考えます。こうした気になりを、担任の保育士さんと共有しながら観察を続け、必要に応じて保護者に伝え、専門機関への相談につなぐことが、園ナースとしての役割です。
また、運動発達の気になりは、発達特性との関連を考えることも大切です。発達性協調運動症(DCD)という、運動の協調に困難がある発達特性があります。DCDのある子どもは、不器用さや動きのぎこちなさが目立ちますが、知的な発達には問題がないことが多く、「ただの不器用」として見過ごされやすい傾向があります。「この子、なんか動きがぎこちないな」という感覚を「気のせい」にしないことが、早期支援につながります。
外遊びが、子どもを育てる
「最近の子どもは外で遊ばない」という言葉を、よく聞きます。スマートフォンやタブレット、室内での遊びが充実した現代において、子どもたちの外遊びの時間が減少していることは、様々な調査でも示されています。でも、外遊びが子どもの発達にとってどれほど重要かを知るとき、この傾向はとても心配なことだとわたしは思っています。
外遊びには、室内遊びでは得られない体験が凝縮されています。平らでない地面を歩くことでバランス感覚が鍛えられる、自然の中で様々な感触・におい・音に触れることで感覚が豊かになる、木に登ったり砂を掘ったりすることで体の使い方を学ぶ、友だちと一緒に走り回ることで社会性が育まれる……。外遊びは、体の発達だけでなく、感覚の発達、認知の発達、社会性の発達を同時に促す、最も豊かな学びの場です。
保育の現場では、外遊びの時間を確保することが、子どもたちの発達を支えるうえで重要な位置づけにあります。天候が許す限り外に出て、思いっきり体を動かす時間を作ること。園庭の環境を、子どもたちが多様な動きを楽しめるように整えること。外遊びの時間が、単なる「体を動かす時間」ではなく、「発達のための豊かな体験の時間」として位置づけられることが大切です。園ナースとして、外遊びの重要性を保育士さんや保護者に伝えることも、健康教育の大切な一部だとわたしは思っています。
転ぶことの、大切さ
「転ばないように」という言葉を、大人は子どもに向けてよく言います。でも、適度に転ぶ経験は、子どもの発達にとって大切なことです。転びそうになったとき、体のバランスを保とうとする。転んだとき、手をついて体を守る。そうした「転ぶ・転びそうになる」という経験を通じて、体のバランス感覚と、転倒したときの自己防衛反応(保護伸展反射)が育まれます。
過度に転倒を恐れて、チャレンジする機会を奪ってしまうことは、長い目で見ると子どもの発達を妨げることになります。「危ないから」という理由で、遊具への挑戦を禁じたり、走り回ることを制限したりすることが、子どもの運動発達の機会を減らしてしまいます。もちろん、明らかに危険な状況は防ぐ必要があります。でも、「多少のリスクを伴うチャレンジ」と「明らかな危険」を区別しながら、子どもが安全に冒険できる環境を作ることが、保育の専門性のひとつです。
園ナースとして、けがの手当てをしながら「今日もいっぱい遊んだね」と声をかけることがあります。すり傷や打ち身は、全力で遊んだ証でもあります。もちろん、けがは予防できるに越したことはありません。でも、「けがをゼロにすること」を最優先にすることで、子どもたちの活動が過度に制限されることは避けたい。そのバランスを保ちながら、子どもたちが思いっきり体を動かせる環境を守ることが、保育の現場での健康管理の在り方だとわたしは思っています。
運動と脳の発達――体を動かすことが、学ぶ力につながる
近年の研究によって、運動と脳の発達の関係がより明確になってきています。体を動かすことで、脳への血流が増加し、神経細胞の成長と結合が促進される。運動によって分泌される様々な物質が、脳の発達と学習機能を高める……。「体を動かすことが、学ぶ力につながる」という事実は、もはや仮説ではなく、科学的な根拠のある知識になっています。
特に、「運動と実行機能の発達」の関連は注目されています。実行機能とは、目標に向けて計画を立て、注意を向け、衝動を制御し、柔軟に対応する能力のことです。この実行機能の発達が、学習への集中力、感情のコントロール、社会的なルールの理解などと深く関わっています。そして、体を動かすことが、この実行機能の発達を促すという研究が数多く報告されています。
「外で体を動かすこと」と「室内での学習活動」を対立させる必要はありません。むしろ、外遊びで十分に体を動かした子どもの方が、その後の室内活動での集中力が高まることがあります。「まず外で遊ばせてから、室内活動をする」という流れが、子どもたちの集中力と学習効率を高めることにつながることがあります。こうした視点を保育士さんと共有することで、外遊びの時間をより積極的に確保することへの理解が深まります。
体幹の大切さと、保育の現場での観察
近年、子どもたちの「体幹の弱さ」が保育の現場でよく話題になります。椅子にきちんと座っていられない、姿勢が崩れやすい、ぐにゃぐにゃとした体の使い方をする……。こうした様子が、体幹の筋力の未発達と関連していることがあります。
体幹とは、体の中心部分、つまり腹部・背部・骨盤周りの筋肉群のことです。体幹が安定していることで、腕や脚をうまく動かすことができます。体幹が弱いと、細かい手作業(はさみを使う、鉛筆で書くなど)も難しくなります。姿勢の安定と、手先の器用さの両方に、体幹の強さが関わっています。
体幹を鍛えるためには、特別なトレーニングは必要ありません。外遊びの中での様々な動き、特に不安定な地面での歩行、登り降り、バランスを取る遊びなどが、自然に体幹を鍛えることにつながります。鉄棒にぶら下がる、平均台を渡る、でこぼこ道を歩く……。こうした遊びが、体幹の発達を促します。「体幹トレーニング」と意識しなくても、保育の中に自然に取り込まれている外遊びの活動が、体幹の発達を支えているのです。
運動発達を、健康管理の視点で見る
運動発達は、子どもの健康状態と密接につながっています。体調が優れないとき、子どもは動かなくなります。いつも活発に走り回っている子どもが、今日は静かに座っている。それだけで、「今日はどこか調子が悪いのかもしれない」という気づきになります。逆に、体調が回復してきたとき、子どもは動き始めます。「昨日はぐったりしていたのに、今日は走り回っています」という報告が、回復のサインになります。
運動の様子を「健康のバロメーター」として見る視点は、園ナースとして日常の観察の中で自然に育まれるものです。その子のいつもの動きを知っているからこそ、「今日は違う」に気づける。元気なときの動き方、疲れているときの動き方、具合が悪いときの動き方……。それぞれの違いを蓄積することで、観察の精度が上がっていきます。
慢性疾患のある子どもの運動参加においても、園ナースとしての関わりが重要です。喘息のある子どもが外遊びや体育活動に参加する際、どのような状況で発作が起きやすいか、どこまでの運動強度なら参加できるか、参加中に注意すべきサインは何か……。こうした個別の情報を把握して保育士さんと共有することで、その子が安全に、かつ可能な限り他の子どもたちと同じように体を動かせる環境を作ることができます。「安全のために参加させない」ではなく、「安全に参加できる方法を一緒に考える」という姿勢が、慢性疾患のある子どもの運動参加を支えます。
不活発な子どもへの、関わり方
外遊びが苦手な子ども、体を動かすことへの意欲が低い子どもが、保育園にもいます。「外に出たくない」「走るのが嫌い」「みんなが遊んでいる中に入れない」……。こうした子どもへの関わりは、「無理に参加させる」でも「ずっと見ているだけでいい」でもなく、その子が少しずつ体を動かすことへの興味を持てるような関わりを探ることが大切です。
不活発さの背景は様々です。体を動かすことが苦手という運動発達上の課題がある場合、感覚過敏があって外の刺激が辛い場合、人間関係の不安から集団での遊びに入りにくい場合、単純に興味の方向が外遊びよりも別の活動にある場合……。その背景を理解したうえで、その子に合ったアプローチを考えることが大切です。
その子の「好き」を入り口にすることが、体を動かすことへの興味のきっかけになることがあります。虫が好きな子どもに、「虫を探しながら歩こう」と誘う。水が好きな子どもに、「水たまりを探しに行こう」と誘う。その子の関心を活かした外遊びのきっかけ作りが、体を動かすことへの前向きな気持ちを育てる第一歩になります。すべての子どもが同じように外遊びを楽しむ必要はありません。でも、すべての子どもが、自分なりの形で体を動かす喜びを見つけられる環境を作ることが、保育の理想のひとつだとわたしは思っています。
保護者と一緒に、体を動かす文化を育てる
子どもの運動発達を支えることは、保育園だけでできることではありません。家庭での過ごし方が、子どもの運動量と体の発達に大きく影響します。週末に外に出て体を動かす機会がある子どもと、室内でスクリーンを見て過ごす時間が多い子どもでは、体の使い方の発達に違いが出てくることがあります。
保護者への情報提供として、「体を動かすことの大切さ」を伝える機会を作ることが園ナースにできることのひとつです。「外遊びが脳の発達にいい」「体を動かすことで感情のコントロールが育まれる」という情報は、保護者が子どもの外遊びの時間を意識的に作るきっかけになることがあります。「スポーツをさせなければ」という大げさな話ではなく、「公園に行って一緒に走り回るだけでいい」「散歩しながら色々なものを触って感じてみるだけでいい」という気軽なメッセージが、保護者の行動変容につながりやすいです。
親子で体を動かすことの喜びを、一緒に体験すること。運動会やスポーツデーのような行事が、その機会のひとつになります。保護者が一緒に走ったり、引っ張り合ったり、笑い合ったりする体験が、家庭での体を動かす文化の種になることがあります。保育と看護のあいだで、子どもの体の発達を支えながら、その発達を喜び合える家庭と保育園の関係を育てていくこと。それが、運動発達への関わりの、最も深いところにある目的だとわたしは思っています。
走る子どもの背中を、見送りながら
春の園庭で、子どもたちが走り回っています。転んで泥だらけになりながら、また立ち上がって走る。汗をかきながら、笑いながら、叫びながら、全力で体を使っている。その姿を見るたびに、「生きているってこういうことだな」と思います。体を動かすことの喜びを、全身で表現している子どもたちの姿は、何度見ても飽きることがありません。
その喜びを守ることが、園ナースとして運動発達に関わることの、根っこにある動機です。けがをしないように見守りながら、発達の気になりに気づきながら、慢性疾患のある子どもが安全に参加できるよう備えながら、不活発な子どもが少しずつ体を動かす喜びを見つけられるよう関わりながら。その地道な関わりのすべてが、子どもたちが思いっきり体を動かせる環境を守ることにつながっています。
今日も、子どもたちが園庭に飛び出していきます。その背中を見送りながら、「今日も元気に走れますように」と心の中で願います。保育と看護のあいだで、走る子どもたちのそばに立ち続けること。それが、春の保育園でのわたしの仕事です。


