子どもの心と体はつながっている――園ナースが気づいた、『からだの訴え』の奥にあるもの

園ナースの日々と小さな気づき

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「おなかが痛い」の、その先を聞く

保健室に、毎日のようにやってくる子がいました。「おなかが痛い」と言って、授業の途中でもなく、給食の前でもなく、なんとなくふらりとやってくる。体温を測っても平熱。腹部を触れても、特に異常は感じない。しばらく横になって、「よくなった」と言って戻っていく。そんなことが、何日も続きました。

医療的な視点だけで見れば、「異常なし」という判断になります。でも、何日も繰り返されるその訴えが、気になって仕方がありませんでした。ある日、横になっているその子に、「最近、何かいやなことある?」と、さりげなく聞いてみました。しばらく沈黙があって、それからぽつりと「お友だちのこと」と言葉が出てきました。

それをきっかけに、担任の保育士さんと情報を共有しました。クラスの中で、少し気になる人間関係があったこと、その子が最近遊びの輪に入れていないことが見えてきました。「おなかが痛い」は、体の言葉でしたが、その奥には心の痛みがありました。

子どもは、自分の感情をまだうまく言語化できません。「悲しい」「不安だ」「怖い」「つらい」という気持ちを、体の感覚に乗せて表現することがあります。これは決して「仮病」ではありません。心と体は、子どもにとってまだ明確に分かれていない、ひとつながりのものなのです。その「つながり」に気づくことが、園ナースの大切な視点だとわたしは思っています。

心身症という考え方

心理的なストレスや感情的な葛藤が、体の症状として現れることを「心身症」と呼びます。大人にも起こることですが、子どもにも同様に、あるいはそれ以上に起こりやすいことです。腹痛、頭痛、吐き気、食欲不振、睡眠の乱れ……。これらが、心理的な要因によって引き起こされることは、医学的にも広く認められています。

保育園という場は、子どもにとって初めての「社会」です。家庭という安全な場所を離れ、初めて同年齢の集団の中に入る。ルールがあり、順番があり、自分の思い通りにならないことがたくさんある。その経験は、子どもの成長にとってとても大切なものですが、同時に、大きなストレスになることもあります。

特に、環境の変化が大きいときは注意が必要です。入園直後、クラス替えの後、担任の先生が変わったとき、下の子が生まれたとき、家族に何か大きな変化があったとき……。こうした節目に、体の訴えが増えることがあります。そのタイミングと、体の訴えを結びつけて考えることが、その子の状態をより深く理解する手がかりになります。

「繰り返す訴え」に、アンテナを立てる

一度だけの腹痛や頭痛は、体の一時的な不調として対応することがほとんどです。でも、同じ訴えが繰り返されるとき、それは何かのサインかもしれません。特に、特定の曜日や時間帯に繰り返す場合、特定の活動の前後に繰り返す場合は、その状況との関連を考える必要があります。

「月曜日の朝だけ、必ずおなかが痛くなる」「給食の前になると頭が痛くなる」「プールの日だけ体調が悪くなる」――こうしたパターンがあるとき、背景には何らかの心理的な要因が隠れていることがあります。それが何かを探るために、まず保育士さんと情報を共有し、その子の最近の様子を多角的に見ていきます。

大切なのは、「またか」という目で見ないことです。繰り返す訴えをもつ子どもは、しばしば「いつものこと」として流されてしまうことがあります。でも、その子にとっては毎回本物の苦しさがある。その苦しさを「本物」として受け止め、丁寧に関わり続けること。それが、心と体の両方を見る園ナースの姿勢だとわたしは思っています。

また、繰り返す体の訴えを見過ごさないことは、医療的にも重要です。器質的な疾患(腸の問題、頭蓋内の問題など)が隠れている可能性も、完全には否定できません。「心因性だろう」という判断は、器質的な原因を丁寧に除外したうえでするものです。「どうせ心の問題でしょ」という決めつけは、危険な見落としにつながることがあります。心と体の両面から、丁寧に、粘り強く見ていくこと。それが、繰り返す訴えへの誠実な向き合い方です。

登園しぶりと体調不良――「行きたくない」は、どこから来るのか

「朝になるとおなかが痛くなって、保育園に行けない」という相談を、保護者から受けることがあります。家では元気なのに、保育園に着くと体調が悪くなる。あるいは、朝の準備をしている段階から、体の不調を訴える。こうした「登園しぶり」に伴う体調不良は、保育の現場でしばしば見られるものです。

まず大切なのは、その体調不良を「仮病」と決めつけないことです。おなかが痛い、頭が痛い、という訴えは、たとえ器質的な原因が見つからなくても、その子の中では本物の感覚です。心が「行きたくない」と感じているとき、体がその気持ちを代弁して「行けない」と表現している。その仕組みを、まず理解することが出発点です。

一方で、「行きたくない理由」を探ることも大切です。保育園の何が、その子にとって苦しいのか。特定の友だちとの関係か、苦手な活動があるのか、先生との関係か、それとも単純に家が恋しいだけなのか。その「理由」によって、必要な対応はまったく変わってきます。

保育士さんと一緒に、背景を探る

登園しぶりのある子どもの背景を探るとき、担任の保育士さんとの連携が欠かせません。保育士さんは、園でのその子の様子を一番よく知っています。「最近、〇〇ちゃんとうまくいっていないみたい」「苦手な製作の時間が続いていた」「先週、みんなの前で失敗して恥ずかしい思いをしていた」――こうした情報が、体の訴えの背景を解き明かすヒントになります。

また、保護者からの情報も重要です。家での様子、睡眠の状態、食欲の変化、きょうだいとの関係、家庭の状況……。保護者が「最近、家でも元気がない気がして」と話してくださるとき、それは大切なサインです。園と家庭で情報を持ち合うことで、その子の全体像が見えてきます。

登園しぶりへの対応は、急いで解決しようとしないことも大切です。「なぜ行きたくないの?」と詰め寄ることで、子どもがかえって追い詰められてしまうことがあります。まず「保育園、なんか嫌なことあった?」と軽く聞いてみて、子どもが話してくれるなら聞く、話したくなさそうなら無理に聞かない。その子のペースに合わせた関わりが、少しずつ心を開かせていきます。

「行けた日」を、一緒に喜ぶ

登園しぶりのある子どもが、ある日「行ける」と言って登園してきたとき、その一歩はとても大きなものです。わたしはそういうとき、「今日来てくれたね」と、さりげなく声をかけます。大げさに褒めるのではなく、「来てくれたことが嬉しい」という気持ちをそっと伝える。それだけで、子どもの表情が少し柔らかくなることがあります。

登園しぶりは、長引くこともあります。一歩進んで、二歩戻るような日もある。そういうとき、保護者はとても不安になります。「このまま行けなくなってしまうんじゃないか」「わたしの育て方が悪かったんじゃないか」と自分を責める保護者の方もいます。

そういう保護者に、わたしがお伝えすることがあります。「行きたくないと感じること自体は、おかしなことではありません。それだけ、この子が敏感で、感じる力があるということでもあります。焦らず、一緒に見ていきましょう」と。保護者が安心できると、子どもも安心します。保護者の不安は、子どもに伝わります。だから、保護者を支えることも、園ナースの大切な仕事のひとつです。

専門家につなぐ、という選択

登園しぶりや繰り返す体調不良が長期にわたる場合、あるいは子どもの状態が明らかに悪化している場合は、専門家への相談を検討することも必要です。小児科医、小児心療内科医、臨床心理士、保健センターの保健師……。適切な専門家につなぐことが、その子と家族にとって最善の支援になることがあります。

「専門家に相談を」と伝えることを、保護者が負担に感じることがあります。「そんなに深刻なの?」「うちの子、病気なの?」と受け取られてしまうこともある。だから、伝え方には工夫が必要です。「病気というわけではなくて、専門的な視点でこの子のことをもっと深く理解するために、相談してみることをお勧めしています」という言い方が、保護者に受け取ってもらいやすいと感じています。

専門家につなぐことは、「園が手を放す」ことではありません。専門家と連携しながら、園としてもできることを続けていく。その姿勢を保護者に伝えることで、「一緒に取り組んでいる」という安心感を持っていただけます。園と家庭と専門家が、同じ方向を向いて子どもを支える。そのチームの一員として、園ナースは動き続けます。

感情を体で表現する子どもたちへ――園ナースにできること

子どもの心と体のつながりについて考えるとき、わたしはいつも「この子は今、何を感じているのだろう」という問いを持つようにしています。体の訴えを入り口にしながら、その奥にある感情や状況に目を向ける。それが、保育の場にいる看護師ならではの関わりだと思っています。

体の訴えに応えながら、心にも寄り添う。この二つを同時に行うことは、決して簡単ではありません。体の状態を正確に評価しながら、同時にその子の感情の状態にも敏感でいる。医療的な判断と、人としての共感を、両立させることが求められます。

でも、その難しさの中にこそ、園ナースという仕事の深みがあると感じています。「体だけ診る」でも「心だけ見る」でもない、その両方を持ちながら子どもと関わること。保育と看護のあいだに立つ者として、その複眼的な視点を大切にしたいと思っています。

保健室が「話せる場所」になるために

子どもが自分の気持ちを話しやすい場所にするために、保健室の「雰囲気」はとても大切だとわたしは思っています。清潔で、静かで、少し薄暗くて、横になれる場所がある。急かされず、評価されず、ただそこにいていい場所。そういう空気を作ることが、子どもが「話してもいいかな」と感じる土壌になります。

話しかける言葉も、工夫しています。「何かあった?」という直接的な問いかけよりも、「今日はどんなことして遊んだ?」「お昼ごはん何だったっけ?」という、軽い会話から始める方が、子どもはリラックスして話してくれることが多い。雑談のなかに、その子の本音が混じってくることがあります。

また、話してくれた内容を、すぐに解決しようとしないことも大切です。「じゃあこうしたらいいよ」「先生に言いなよ」という答えを急ぎすぎると、子どもは「また解決策を押しつけられた」と感じることがあります。まず聞く、受け止める、共感する。その順番を大切にすることで、子どもは「ここで話してよかった」と思えます。

泣いていい、ここで

保健室で泣く子どもがいます。理由を話してくれる子もいれば、ただ泣くだけの子もいます。わたしは、保健室で泣くことを止めません。「泣かないで」も「大丈夫だよ」も、最初には言いません。ただ、そばにいます。背中をさすることもあれば、ただ黙って隣に座っていることもあります。

泣き止んだあと、「すっきりした?」と聞くと、「うん」と答えて帰っていく子がいます。その「うん」が、わたしにはとても大切に感じられます。何も解決していないかもしれない。問題はまだそこにあるかもしれない。でも、その子の中で何かが少し動いた。その「動き」を支えることが、園ナースにできることのひとつだと思っています。

心と体はつながっています。体の訴えを丁寧に受け止めることが、心への扉を開くことになる。そして、心が少し楽になると、体の訴えも和らぐことがある。その循環を、保育の現場で日々感じながら、わたしは今日も保健室で子どもたちを待っています。

小さな気づきを、チームでつなぐ

子どもの心と体の変化に気づくのは、園ナースだけではありません。毎日そばにいる保育士さんが最初に気づくことの方が、ずっと多い。給食の量の変化、遊びの様子の変化、友だちとの関わり方の変化……。そうした日常の観察が、積み重なって「この子、最近何かある気がする」という直感になります。

その直感を、「ただの気のせい」にしないためのシステムを、園全体で持つことが大切です。保育士さんが「気になる」と思ったとき、気軽に園ナースに声をかけられる関係性。園ナースがその情報を受け取り、医療的な視点で整理して、必要なら保護者や専門家につなぐ。その流れがスムーズに動くことで、子どもの小さなサインが見落とされずに済みます。

心と体の両方を見る目を、チーム全体で持つこと。それが、子どもたちの健やかな育ちを支える保育園の姿だとわたしは思っています。園ナースとして、その中心に立ちながら、これからも子どもたちの「からだの言葉」に耳を澄ませていきたいと思っています。

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